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名古屋地方裁判所 昭和23年(ヨ)368号 判決

申請人

全日本金属労働組合

右代表者

中央執行委員長

外一組合支部

右代表者

執行委員長

六組合支部分会

右代表者

委員長

被申請人

大同製鋼株式会社

主文

本件仮処分の申請を却下する。

訴訟費用は申請人等の負担とする。

申請の趣旨

申請人等から追つて被申請会社に対して提起する労働協約有効確認訴訟の本案判決確定に至るまで、申請人等が昭和二十二年十二月二日被申請会社との間に締結した別紙表示の労働協約が有効に存続することを仮に定める。

事実

申請人等代理人はその申請の理由として、

一、申請人全日本金属労働組合(以下単に全金属労組という)は昭和二十三年十月十一日より同月十四日にわたる全金属労組結成大会において、全日本鉄鋼産業労働組合(以下単に全鉄労組と称する)と全日本機器労働組合(以下単に全機器労組という)全国車輌産業労働組合(以下単に全車輌労働と称する)の三単産が合同して結成された労働組合である。

申請人全日本金属労働組合愛岐支部(以下単に支部という)は全金属労組規約第十四条にもとずき愛知県、岐阜県に職業又は住所を有する全金属労組の組合員によつて組織される労働組合である

申請人全日本金属労働組合愛岐支部大同製鋼本社分会、星崎工場分会、築地工場分会、熱田工場分会、安城工場分会、高蔵工場分会(以下単に各分会と称する)は被申請人大同製鋼株式会社内のそれぞれ該当工場の従業員をもつて組織する労働組合であり、これら各分会の組合員はもと全鉄労組の組合員であつたが、昭和二十三年十月全金属労組の結成によつて右全金属労組の組合員となつたものである。

被申請人は鉄鋼生産を業とする株式会社であり、その本社は名古屋市南区星崎町にある。

二、申請人等と被申請会社との間には昭和二十二年十二月二日別紙表示のような労働協約が締結され爾来有効に存続して来たが、前記のように全金属労組が結成された際申請人星崎工場分会から被申請会社に対し昭和二十三年十一月二十二日その名称変更を届出たところ、被申請会社は申請人星崎工場分会と前示労働協約中の全鉄労組星崎工場分会との間には人格変更の疑があるからこれを認めるについて疑義があると回答して来た。そして同年十二月二日申請人各分会に対し前記労働協約は相手方のない労働協約として消滅した旨通告して来た。

三、全鉄労組、同東海支部、同星崎工場分会外五分会と全金属労組、同愛岐支部、同星崎工場分会外五分会との関係は前者が合同によつて後者のように名称が変つた丈けであつて、その間人格の変更は存しないのである。労働組合の合同は日本国憲法第二十八条によつて認められた労働者の団結権を行使する行為であつて、労働者の団結権は労働者が主体となつて自主的に行使せられる限り有効に成立するものであることは労働組合法第二条によつても明かである。商法上の会社の新設合併において合併による新設会社が被合併会社の権利義務一切を承継するが、労働組合の合同行為も右会社の合併の場合に準じ新設組合が被合同組合の一切の権利義務を承継するのである。

四、労働協約の法律上の性質を考察すると、労働協約の内容にはいわゆる規範的機能を営む法的基準の一面と労資両当事者間の債権関係を律する契約法的な一面を有することは学者間に異論のないところである。しかもこの労働協約は労働者の団結権団体交渉権その他団体行動権の行使によつて締結されたものであつて、これを一般私法上の契約理論をもつて規律することは不可能である。

五、本件労働協約について考えるに、(1)全金属労組結成にあたり大会第四日の議事録には三単産即ち第一項に述べた全鉄労組外二組合の権利義務は一括して全金属労組に承継されたことは全員これを承認している。(2)全鉄労組の昭和二十三年十月十五日の臨時大会において財政報告討議に際し「合同によつて財産の処理はどうなるか」との質問に対して本部役員より全金属に金が引き継がれ又責任も承継されることを明かにし全員これを承認している。即ちこの合同行為においては全鉄労組も全金属労組もいずれも合同行為による権利義務の承継を有効に承認しているのである。

六、次にこの労働協約の運用とその権利行使の実際面について言えば労働協約附属覚書の第一条には「会社との主たる交渉は各事業場分会がこれに当る」と規定し又、協約第二条、第三条但書、第五条、第十三条ないし第二十三条における組合とは分会を指す旨覚書で協定している。これ等のことは本件労働協約の運用上の当事者が各事業場における労働組合と会社であり、この両者の間に有効な労働協約の運用の行われることを約諾したのである。

七、右第五項第六項の事実と第三項第四項の趣旨を考え合せると、この労働協約中の賃金、労働時間、休日及び休暇、死傷疾病等の諸項目は労務提供の条件として現在なおその効力を保持しているのであり、その他の項目も労働組合の団結権とその自主性及び主体性並に労働協約の平和維持の趣旨を考え且つ労働協約の安定性を考慮すればその効力は当然に新設組合に承継せられるのである。

八、申請人等は右労働協約について労働協約有効確認の訴を提起すべく準備中であるが、右のように労働協約の有るが如く無きが如き不明瞭な状態は継続的法律関係としての労資関係について紛争をまき起す恐あり、且つ労働者の団結権はこれがため強度に脅かされ、延いては社会的に重要性をもつ鉄鋼産業の停止ないしは減退を来す危険があるから取りあえず本件仮処分申請に及んだのである。と述べなお、被申請会社の主張に対して次のように弁解した。

一、全金属労組と全鉄労組とはその組織において法律上も実質上も決して別個の存在ではない。従つて被申請会社主張のように、被申請会社と全鉄労組との間に締結された労働協約がその相手方を失つて失効したとは全く不当の見解である。即ち

1  全金属労組は全鉄労組外二単産が全金属労組結成大会において合同により結成した労働組合であつて、右三単産の組合員たりし各個人が一旦従前の組合を解散し同志を呼び集めて新しく綱領規約を定めて結成した労働組合ではない。尤も右三単産に属する労働者であつて全金属労組に加入していない者の存することは事実であるが、併しこれをもつて全金属労組と全鉄労組とが別個の組織体であることの証左となし得ないこと勿論である、労働組合なるものは、組合員の加入脱退によつて組織自体に何ら変動を来すものではなく、全鉄労組の時代にあつてもその組合員は絶えず増減していたのである。

2  被申請人は全鉄労組の規約にも又労働組合法によるも労働組合の合同に関する規定は一もなく、いわゆる労働組合の合同を欲する者は労働組合法第二条により、組合の連合体を作るか又は一応前の労働組合を解散して新に大規模の組合を組織するかの二方法しかないと主張するが、元来労働組合なるものは法令の範囲内において又労働組合の本質に反しない限りにおいて自由に組合の合同をなし得るのであつて、労働組合法が組合の合同を禁止する趣旨なりとなすは全く被申請人の独断に過ぎないのである。

3  被申請人は三単産の合同による権利義務の包括承継は法律上認められない性質のものであると主張するが、労働組合法は組合の合同による権利義務の包括承継を否定していないし、又労働組合に関する法制の未だ整備しない現在の状況において法規に明文なきの故をもつて直に右の事実を否定するが如きは全く労働組合の実情を無視するものである。

4  全鉄労組と全金属労組とはその綱領規約上の目的、執行機関の構成等について全然別個の組織であると被申請人は主張するがこれ等の点に多少の相違はあつても労働組合として別個の存在であるとは社会概念上認め得ないのである。合同により発展的に新組合が結成されるとき、これ等の点について多少の差異の生ずるのは蓋し当然のことである。

二、被申請人は本件労働協約は被申請会社と全鉄労組との間に締結されたものであつて、全鉄労組東海支部その他各分会は右協約の当事者でないと主張する、然しこれ又甚しく失当の見解である。

1  本件労働協約の前文の文字を楯にとつて右協約の当事者が全鉄労組であり支部分会等は副署的にこれに署名したに過ぎぬとなすは、労働協約及びこれと同時に締結された覚書全体にわたる当事者の表示並にこれら協約及び覚書を締結するに至つた趣旨を没却する暴論である。

2  支部及び各分会は単一労働組合の下部組織であつて当事者能力を有せぬとの被申請人の主張は労働組合の実情に副わない不当の言である。全鉄労組又は全金属労組の支部及び各分会はそれぞれ独自の規約と役員とを持ち独自の活動を営むものであつて当事者能力を具有することは疑のないところである。

3  被申請会社は現に昭和二十四年二月四日全金属労組兵庫支部大同製鋼分会と労働協約を締結した事実があり、これは単一労働組合の下部組織が独自の人格を有せぬという被申請人の主張と矛盾するものである。

三、本件仮処分申請の必要性について

被申請人は本件労働協約失効の通知と同時に申請人等に対し新協約締結の提案をなしたが申請人等はこれに応じなかつたと主張するが、申請人等は新協約の締結を拒否したことは一度もなく、却て申請人等は被申請会社に対し昭和二十三年十二月四日協約失効通知の責任の所在を明かにした上新協約の締結を団体交渉により行うべき旨申入れたが被申請会社はこれを拒絶したのである。被申請会社は不当な理由をもつて一方的に協約の失効を通告し労資の紛争をまき起した上、この失効を口実として無慈悲なる従業員の大量かく首を敢えてせんとして居るのである、申請人等が本案判決の確定を待ち得ない緊急の事情ありとして本件仮処分の申請に及んだのはかかる理由にもとずくのである。

(疎明省略)

被申請会社代理人は主文同旨の判決を求め、

その理由として、次のように述べた。

第一、申請の理由に対する答弁

一、申請の理由第一項に対し申請人全金属労組が労働組合であること被申請会社が鉄鋼生産を業とする株式会社でありその本社が申請人主張の場所にあることはこれを認めるがその他の点は否認する。

二、申請の理由第二項に対し

被申請会社は昭和二十二年十二月二日申請人等主張のような労働協約を締結したことはあるが、その相手方は全鉄労組であつて申請人等のような労働組合ではない。

全金属労組、同愛岐支部及び同星崎工場分会の連署で被申請会社に対し昭和二十三年十一月十二日頃星崎工場分会の名称変更の届出がなされたこと、被申請会社よりこれに対し人格変更の疑ある旨回答したこと及び同年十二月二日被申請会社より星崎工場分会に宛て申請人等主張のような労働協約失効の通告をなしたことはこれを認めるが、その他の点はこれを否認する。

三、申請の理由第三項及び第四項に対し

被申請人の後記主張事実に反する部分はこれを否認する。

四、申請の理由第五項に対し

申請人等の主張はすべて不知である。

五、申請の理由第六項及び第七項に対し

被申請人の後記主張に反する点すべて否認する。

六、申請の理由第八項に対し

申請人等の主張はすべて必要のないことであつてこれを否認する。

第二、被申請人の主張

一、全金属労組と全鉄労組とはその組織において法律的にも実質的にも全く別個の存在であつて、被申請会社と全鉄労組との間に締結された本件労働協約はその相手方を失い消滅に帰したものである。

1  全金属労組はその規約綱領等により明かな通り金属産業労働者が憲法第二十八条により保障せられた労働者の団結権を行使して組織した単一労働組合であつて、決して労働組合法第二条に言う労働組合の連合体ではない。即ち全金属労組は全鉄労組、全機器労組及び全車輌労組の連合体ではなく、これ等各組合の組合員であつた者がそれぞれ従前の組合を任意解散し憲法第二十八条の労働者団結権を行使して広く同志をきゆう合し新しく結成した労働組合である。

2  申請人等の主張によると、全金属労組は昭和二十三年十一月十一日より十四日にわたる金属労組結成大会において全鉄労組、全機器労組及び全車輌労組が合同して結成されたものであると言うのであるが、申請人等の主張する合同なる語は如何なる意味のものであるか頗る不明瞭である。即ち全鉄労組の規約によるも又労働組合法の各条文を見ても労働組合の合同に関する規定は何処にもないのである。却つて労働組合法第二条によると各単位組合がその同志をきゆう合し横の拡がりを実現する手段として組合の連合体を組織することを認めて居るのであるから、同法条の解釈からしてもいわゆる労働組合の合同なるものは是認し得ないのである。組合の大同団結を図るためには前記組合の連合体を組織するか又は労働組合を一応解散し新に多数の組合員を結集して別個の組合を作り上げる外ないのである。

3  然るに申請人等は単純に労働組合の合同を商法上の会社の合併の如く考えているのであつて、合同により合同前の各組合の権利義務が当然に包括的に新組合に承継せられると解しているようである。然し権利義務の包括承継という観念は法律上会社その他特殊法人の合併及び相続以外には規定が存しないのであつて、しかも右合併及び相続については商法及び民法等に詳細な第三者保護のための手続が規定されているのである。この点より考えれば労働組合が合同により旧組合の権利義務を包括的に承継するためには、労働組合法に詳細な規定の存することを必要とするのであつて、労働組合法にその旨の規定のないことは同法が労働組合の合同なる観念を否定する証左に外ならぬのである。

4  実質的に見ても全鉄労組と全金属労組とではその綱領又は規約上の目的、執行機関及び組合構成員等において著しい相異が存するのであつて、両者は全く別個の組織体であることを看取し得るのである。

5  以上のように被申請会社と全鉄労組との間に昭和二十二年十二月二日締結された労働協約はその相手方を失つて当然に消滅したのであるが、被申請会社は全鉄労組の権利義務が合同により全金属労組によつて当然に承継されたとの申請人等の主張に対し、念のため予備的に昭和二十四年三月十九日申請人金属労組に宛て事情変更により本件労働協約を即時解約する旨通告を発し、右通告は同日申請人方に到達し右協約は同日限り解約せらるるに至つたものである。

二、本件労働協約は被申請会社と全鉄労組のみの間に締結せられたものであつて、全鉄労組東海支部、同星崎工場分会以下の諸分会は右協約の当事者ではない。

1  本件労働協約は被申請会社と全鉄労組との間に締結せられたもので同組合東海支部その他の者が右協約の当事者でないことは本件労働協約書の前文の字句に徴しても明白であり、右東海支部及び各分会が右協約に署名押印して居るのは支部及び分会も右協約によつて拘束を受けるという趣旨であつて、言わば副署的にこれに署名したに外ならぬのである。

2  この点につき申請人等は東海支部及び各分会が本件労働協約の運用上の当事者であると主張するようであるが(その意味は必ずしも明瞭でないが)、運用上の当事者はあくまで運用上の当事者であるに止まり協約自体の当事者でないことは明かである労働組合法第十九条によれば、労働協約の当事者は労働組合と使用者であつて、単一労働組合の下部組織たる支部分会等は協約締結能力を持たないのである。

3  本件労働協約につき被申請会社と全鉄労組との間に覚書なるものが交されていて協約の実際的運用につき種々の解釈的規定をおいて居るが、この覚書自体もあくまで被申請会社と全鉄労組との間の協約であつて、これをもつて全鉄労組の支部及び分会が労働協約の当事者なりとなす根拠にはならないのである。

4  右のように、何れの点よりいつても本件労働協約の当事者は被申請会社と全鉄労組であつてその余の者は協約当事者でないから、全金属組合の支部又は分会たる地位にある申請人等が本件労働協約上の権利を承継する如き余地は初めから存しないのである。

三、本件仮処分の申請はその保全の理由を欠くものである。

被申請会社は本件労働協約の失効と同時に申請人組合に対し新に労働協約を締結すべき旨申込み団体交渉を開始せんとしたのであるが、申請人等は本件協約の有効無効につき争うのみであつて何ら新協約締結の交渉に応じようとしないのである。即ち労働協約の不存在及びこれにもとずく労資間の紛争の発生並に労働者の団結権の脅威という申請人等の主張もつまりは申請人等が自から影におびえる類いであつて、かかる不安定の状態を招来したことは偏えに申請人等の責任であつて被申請会社のあすかり知るところではない。この点から言つて申請人等の本件仮処分の申請はその保全の必要を欠くものである。(疎明省略)

理由

一、昭和二十二年十二月二日被申請会社と全鉄労組との間に別紙表示のような労働協約の締結された事実は当事者間に争のないところである。

申請人等は右労働協約の一方の当事者は右全鉄労組の外同組合東海支部及び同支部星崎工場分会その他五分会であつたと主張し、成立に争のない甲第十二号証及び第十四号証(右支部及び分会規約)によれば、右東海支部及び星崎工場分会等もそれぞれ独立の労働組合たる適格を具え労働協約締結能力を有することが明かであるから、先ずこの点について考究する。

成立に争のない甲第三号証及び第八号証によれば、前記労働協約書の前文の部分には「大同製鋼株式会社(以下会社という)と全日本鉄鋼産業労働組合(以下組合という)との間に左記の如き協約を結ぶ」とあり、又右労働協約書と同時に作成せられた覚書の前文にも右と同趣旨の字句が存するが、右各文別と証人丸林豊の証言を参酌綜合すると、当時全国的単一労働組合の一般的傾向として組合は統一的労働協約の獲得を意図し組合の支部及び分会を協約当事者より除外することを力めたのであり、本件労働協約の締結に当つても被申請会社は組合側の強い要望により特に支部及び各分会を協約当事者より除外し全鉄労組を唯一の相手方として本件労働協約を成立せしめた事実を認め得る。

もつとも前記労働協約書の末尾には、全鉄労組の代表者の外に同組合東海支部及び同支部星崎工場分会外五分会の各代表者の署名押印が存し、あたかも、右支部及び各分会自身も協約締結当事者たりし如き外観を呈しているが、成立に争のない乙第四号証及び証人丸林豊の証言によると、右は本件労働協約の締結に立会つた支部及び各分会の代表者が右労働協約の成立を認証する意味で言わば副書的に右協約書に署名したに過ぎないのであつて、このことは右協約の締結に先だち組合側から被申請会社に対し提示した右協約書の草案に東海支部長以下各分会代表者の署名の前に「副書」なる肩書の附記せられている事情から推しても疑のないところである。

なお成立に争のない甲第八号証によれば、本件労働協約附属覚書第一条には「会社内名古屋地区事業場における全鉄労所属各分会は分会の自主性を確認し、自主的分会の矜持を以つて会社との主たる交渉体となる」とあり、右も一見全鉄労組の各分会が協約当事者たりし如き感を与えないではないが、右覚書第一条の趣旨も、証人丸林豊の証言によつて明かなように、全鉄労組の各分会が被申請会社との間の団体交渉に際しその主たる交渉体となつて事務的折しようを担当すべしという意味であつて、決して各分会が右協約締結の当事者となつたことを現わすものではない(この点は団体交渉の主体が協約締結の当事者たることを必要としない事実から言つても明かであろう)

以上のように本件労働協約の当事者は被申請会社と全鉄労組であつて、右組合の東海支部及び星崎工場分会等は本件協約の当事者でなかつたこと明瞭であり、右認定に反する証人沢田金康及び申請組合代表者三輪秀清の各供述はこれを措信し難く、他に申請人等挙示のどの証拠によつても右認定を左右するに足らない。

しからば、右全鉄労組と全機器労組外一組合の合同により結成された申請人全金属労組は別として(この合同の点については後に述べる)、申請人全金属労組愛岐支部、同星崎工場分会外五分会は本件労働協約の当事者たる地位を取得する余地はどこにもなく右愛岐支部以下各分会が全金属労組と並んで本件仮処分の申請に及んだのは失当であつてこれを却下するの外はない。

二、次に前示のように、全鉄労組と被申請会社との間に締結された本件労働協約が申請人全金属労組によつて承継された事実の有無につき判断を加える。

成立に争のない甲第一号証及び証人沢田金康、申請組合代表者三輪秀清の各供述を綜合すれば、昭和二十三年十月十一日より同月十四日にわたる全金属労組結成大会において全鉄労組及び全機器労組、全車輌労組の三単産が合同して全金属労組を結成することが決議され、右三単産の権利義務は包括して申請人全金属労組によつて承継されたことを認め得る。被申請人はこの点に関し労働組合の合同なる観念を否定し、合同行為により旧労働組合の権利義務が包括して新設労働組合に承継せらるる事実を否認するから少しくこの点について考察する。凡そ労働組合の合同なる問題については労働組合法その他に何等の規定が存しない。しかし法律に積極的の規定が存しないからと言つて直にこれを否認し去ること余りに形式論に過ぎる。数個の労働組合が結合してその戦線の統一強化を図ることは団結による組織力をもつて本質とする労働組合において時に不可避的の要請であるが、この場合各労働組合を一旦解散し組合員を各個バラバラにした上改めて新組合を設立し組合員をしてこれに加入せしむることは労働者の団結力の保持の点から言つて不合理な結果を生ずることを免れないから、かかる場合労働組合の合同なる行為を認め合同により各労働組合の法律関係は当然且つ包括的に新設組合によつて承継せらるるものとなすを適当としよう。しかるに前示のように労働組合法その他には労働組合の合同について何等規定するところはないのであるから右合同行為に関する法律関係については団体に関する一般理論によつて決定する外はないのであるが、この場合商法(及び有限会社法)所定の会社の新設合併に関する規定を類推適用することが最も妥当であると考えられる。従つて本件におけるように全鉄労組外二組合の合同によつて全金属労組なる新組合が結成せられた場合には、会社の新設合併の場合に準じ全鉄労組以下三組合の権利義務は当然且つ包括的に申請人全金属労組によつて承継せられたものと解釈するを相当とする。しからば前項説明のように全鉄労組と被申請会社との間に締結せられた本件労働協約は、被申請会社に対する関係においては当然申請人全金属労組によつて承継せられたものと解すべきは勿論であり、以上の認定に反し労働組合の合同なる観念を否認し被申請会牡と全鉄労組との間の労働協約は全鉄労組の消滅により当然その相手方を失つて失効したとなす被申請人の主張はこれを採用すべきでないこと明かである。

三、よつて次に被申請会社によつて為された本件労働協約の解約の効果について考究する。

被申請会社が昭和二十四年三月十九日申請人全金属労組に対し本件労働協約を解約する旨通知を発し右通知が同日申請人方に到達したことは、公文書の部分につき成立に争なくその他の部分も真正に成立したと認める乙第五号の一によつて明白である。

しかして成立に、争のない甲第三号証によると、そもそも本件労働協約は昭和二十二年十二月二日有効期間を向う一カ年と定めて締結せられたもので従つて昭和二十三年十二月二日をもつてその有効期間を満了した訳であるが、同協約の第二十六条によれば右協約は「その有効期間が終了しても新しく協約を結ぶまではその効力を延長する」旨いわゆる自働的延長約款が附せられているのである。しかして右延長約款の趣旨とするところは、協約の有効期間の満了により直に協約の効力を消滅せしむるときは新協約成立に至るまでの若干の期間無協約状態が出現するのでこれを防止する考慮のもとに右約款を設置したと見るべきであつて、従つてその延長期間も新協約締結のために客観的に必要とせられる期間に止まるのであり決して新協約成立まで無限にその効力を延長するという意味でないことは勿論である。したがつて右新協約を締結するに必要な客観的に妥当な期間を経過したときは、当事者は一方的にこれを解約しその効力を消滅せしめ得るものと解するを相当とする。

しかるに成立に争のない甲第五号証の一、二及び証人丸林豊の証言を綜合すると、被申請会社は昭和二十三年十二月二日申請人全金属労組に対し本件労働協約が全鉄労組の解消により当然失効した旨通告し(この点の理由なきは前項説明の通りであるが)併せて新協約の案文を添附し新労働協約の締結を申入れたこと、その後被申請会社より屡々申請人全金属労組に対し新協約の締結を交渉したがその拒絶によつて進捗を見るに至らなかつたこと、よつて止むなく昭和二十四年三月十九日申請人全金属労組に対し本件労働協約を解約する旨通告したことを認め得る。右の事実に前記のように本件労働協約の有効期間が満一カ年であつたこと、及び右有効期間満了後前記解約通知の日までに既に三カ月半以上を経過して居ることを(なお、成立に争のない甲第二、第十一号証第三号証の一、二および当裁判所が真正に成立したと認める乙第六、第七号証により看取し得る。申請人全金属労組はその合同前の全鉄労組に比しその思想的性格においてかなり闘争的でありその組合員も従前のまま二倍半に達し被申請会社に対する圧力は著しく増大し、従つて被申請会社が当初全鉄労組と協約を締結した頃にくらべ客観的環境において相当に変更を来して居る事実を参酌して)綜合考量するときは、本件労働協約は被申請会社よりの前記解約通知の到達により昭和二十四年三月十九日をもつてその効力を喪失したことを認定するに充分である。されば右協約が解約通知により既に消滅に帰したとなす被申請人の予備的主張は理由があつてこれを認容すべきこと勿論である。

叙上のように、被申請会社と申請人全金属労組との間の本件労働協約は被申請会社よりの解約によつて既に効力を失つたものであり、右協約が今なお有効に存続するとなす申請人全金属労組の主張は結局その疎明なきに帰することとなり、本件仮処分の申請はついに排斥を免れない。

よつて保全の必要の有無につき判断するまでもなく、申請人の本件仮処分申請を失当として却下すべく訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条第九十三条を適用して主文のように判決する次第である。

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